note

邦訳『デアデビル:マン・ウィズアウト・フィアー』(ヴィレッジブックス 2015)感想

マットさんは「英雄の旅」を経てもなお「スラム街で育った/マスクを被って素顔を隠し狡猾に悪戯をする/賢くスリル好きな少年」としてヘルズキッチンに帰還する
マットさんは大人になっても教会で叱られなければならない悪ガキで、法と正しさだけを信じて世の中を信用せず、ヘルズキッチンはそんなヒーローにとって悪との戦場/非日常世界であり、マットさんを作った日常世界/出発地でもある
『マン・ウィズアウト・フィアー』はマットさんの人生を通じて鮮明にヘルズキッチンという世界を立ち上がらせて、マットさんがその街に執着する理由、マットさんのアイデンティティそのものをくっきりと浮かび上がらせている

マットさんとピタくんは相似形(はじめに能力を得るもそれを正義のためには利用しない、「父なる者の死」との直面、それに対する罪の意識と自罰感情、犯罪を憎み能力を用いて自警団活動し始める、不殺を重んじる、etc)と以前書いたけど、ピタくんは罪を負うことで以前の自分、「おじさんとおばさんが幸せであればそれでいい。他のことはどうでもいいんだ」と考えていたときの「車の後部座席で眠る」ような幸せを永遠に失ってしまう
マットさんは逆に、『マン・ウィズアウト・フィアー』で自身の根幹である(マスクを被って警官に悪戯する)少年時代に原点回帰する
子どものように振る舞うけれど実は「少年時代」を強制的に終了させられた結果ヒーロー活動を行うピーターと、大人のように振る舞いながらむしろ「少年時代」に立ち返ってヒーロー活動を行うマットさん、そういう対称性を見出せるのかもしれない
« close

📚

Powered by てがろぐ Ver 4.7.0.