note

『Daredevil』にはキリスト教モチーフ、聖書の下敷き・オマージュが多数あるけど、トラヴィス・スミス『アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法』(パルコ 2019)によればスパイダーマンも『Amazing Fantasy』(1961-1962)#15(スパイーダマンのデビュー作)の時点で〈多く与えられた者は誰でも、多く求められる〉(『ルカによる福音書』12章48節)〈このことを弁えていなさい。この家の善良な主人は、泥棒がいつやってくるか知っていたら、自分の家を見張り、家に押し入らせず、苦しむこともなかったであろう〉(『ルカ福音書』12章39節)がベースにあり、🕷くんの「親愛なる隣人」「“あなたの”親愛なる隣人」というニックネーム/自称にもキリスト教的なニュアンスがあるとのこと
なので『Daredevil』(2019-2021)#5でマットさんのマスクを持って去っていくピタくんに「神は君を愛している/悪魔を祓うのだ」のモノローグを被せたのもここでピタくんはキリストの役目を負ってるからだと解釈してます
最終的にピタくんがマットさんから「全て=デアデビルのアイデンティティ」を奪っていくけれど、それは「愛」であり「恩寵」であり「悪魔を祓う」行為であるという丁寧な描写
あとこの話は〈だから目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたにはわからないからである〉(『マタイによる福音書』24章42節)〈あなたがたが放縦や泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい〉(『ルカ福音書』21章34節)が下敷きになってるのだと思う

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