note

『The Amazing Spider-Man: Soul Of The Hunter』(1992)

『Kraven's Last Hunt』が好きすぎるのであの物語に続きがあるのは蛇足では…と不安に思ってたけど、クレイヴンをはじめ自分が救えなかった人々に対する罪悪感に呑み込まれそうになりながらも生を選択するピーターさんの力強さが描かれていてとても良かったです
Kraven's~以降公式がピーターさんに埋葬へのトラウマを抱えさせていた意味があまりよく分かっていなかったのですが(読み込みが浅いから…)、この物語ではピーターさんのトラウマが単なる死への恐怖ではなく「救えなかった人々に対する罪悪感と自罰願望」がない混ぜになったもの、究極的にいえば自死念慮であるという描き方をされていて、つまり彼はずっと死を恐れていたわけでなく自罰感情と共にあったってことなのか…と得心して正直泣けてしまいました
なので彼は埋葬のトラウマ=自死念慮を克服し、自殺したことで呪いを受け生と死の間を悪霊として漂うクレイヴンの魂(=自死のメタファー)を救い上げなければならない(ということらしい)
『Kraven's Last Hunt』がクレイヴンの自死によって美しく締められてしまったことを考えるとかなりまっとうな(そして必要性のある)補完だと思いました(調べたところ、実際に「『Kraven's Last Hunt』は自死を美化している」という投書への反論として描かれたものとのこと)
『Kraven's Last Hunt』が愛によって暴力(性)に打ち勝つ話なら、『Soul Of The Hunter』は避けられない「死」を見つめ、克己によって「自死」という選択を遠ざけることを称揚する物語

『Kraven's Last Hunt』に引き続きキリスト教色が強い話だけど、ラストにロジャー・ホックバーグが「僕はあまり信仰心が強い方ではないし、母は実質的に無神論者だった。『ヒトラーにあんなことをさせる神がいるのか?そんな神は私の神ではない』と生前よく話していた」と語りながら、母ハンナの死後彼女のためにシヴァを行なっており、(*ユダヤ教において、死者の直系者が葬儀直後の七日間喪に服す期間のこと。sitting shivaと呼ばれる。この期間会葬者は家に留まり、友人や親族は慰めを与えるために喪に服している人々を訪ねる)それが心の慰めになっていることを明かすシーンが印象的でした。
神を信じていようがいまいが、宗教的な儀礼が生きている者の慰めになる。
生きている人間が死者を思うことで、自身と死者の魂の両方を慰め、安らぎや救いを与えられた/得られたと思うことができれば、それは(第三者から見ておかしなことであっても)価値のある行いなのではないか?
ともすれば信仰の意義とはそういう(あやふやな)ものなのではないか…(ろくろくるくる…)
蛇足ですがホックバーグという姓とハンナのヒトラー批判からすると、ホックバーグ家はホロコーストを逃れたユダヤ系移民であることが示唆されているのかもしれません
こういった人種問題や第二次大戦の爪痕への目配があるあたりも古典的なスパイダーマン誌を感じさせてとても良かったです

ロジャー「おかしな話だけど、僕はあまり信心深い方じゃないんだ。それに母は実質的には無神論者だった。『ヒトラーにあんなことをさせる神がいるのか?』。彼女はよくこう言っていた。『そんな神は私の神ではない』と」
ロジャー「けれど古めかしい祭儀が──シヴァの服喪…七日間の喪が──本当に助けになったんだ。客人が来てみんなで母のことを話す…良かったことを思い出す──あまり良くなかったことも──。そうすると彼女が僕と一緒にいるのを感じるんだ。まるで彼女のが部屋にいて──その辺りを漂っているかのような」
MJ「魂──?」
ロジャー「変なことを言っていると思うだろうけど──僕には彼女が大丈夫だと言ってくれているような気がするんだ──。彼女はとても良い場所にいて、よく世話をされていると──。おかしいだろう?」
ピーターさん「いいや、ロジャー。ちっともそうは思わない」
ピーターさん「まったくおかしなことじゃないんだ」
(朝日に照らされるクレイヴンの墓石が映る。墓石には「クレイヴン・ザ・ハンター」「ついに自由を得る」(free at last)の文字が刻まれている)
(おわり)
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